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2004.01.03

映画批評 1970年12月号

「小川紳介・闘争と脱落」と題する映画監督、大島渚の批評を掲載。「長い間、私は小川紳介と小川プロダクションの活動に敬意を抱いて来たのだった。一本の映画も見ずに。そう。一本の映画も見ることなく。」と擁護しながら、映画評論1968年3月号に掲載された評論家、松田政男の『現認報告書』批判について根本的な疑義を提示。

「『現認報告書』についての人びとの批判はおそらく正当なものであろうと私には読み取れたが、折角『圧殺の森』を讃めたのにこんなひどい作品をつくってというような評者の態度、一喜一憂する態度は断乎許せなかったのである。理由は後で述べるが、『圧殺の森』がよかったのだったら、『現認報告書』は悪くて当たり前なのだ。そんなことは『現認報告書』を見る前にわかっていなければならないのだ。それがわかってないとしたら、『圧殺の森』が何故良かったのかについても何一つわかってはいなかったということになる。」(本文より)

「私が『圧殺の森』を見ずに、それについての情報と評言だけで、小川紳介は信頼に値する作家だと考えた理由について述べなければならないだろう。(略)『圧殺の森』をとった小川の方法が、記録映画の初心にかえり、記録映画の原則にかなっていると思われたからである。記録映画の初心、記録映画の原則とは何か。それは一つは記録する対象への愛、強い関心、執着であり、今一つはそれを長期にわたって行うということにほかならない。(略)このように考えれば、短期間で撮った『現認報告書』が『圧殺の森』に劣るのは見る前からわかる筈である。先にもいったが、それがわからなかった奴は『圧殺の森』を見ても何もわからなかった奴である」(本文より)

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1970年12月発行(新泉社)

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